今日から繋げる古代風景

日々の出来事を無理やり歴史に紐付ける人

映画『怪物』を見たので、母親と校長のメモ

 

前置き
 プライムビデオで、映画『怪物』を見た。

 事前知識もなく、サイコな犯罪者でも出るんだろうか、それとも本当に怪物が出てくるんだろうか……ジャンルにサスペンスとあるし、湖が強調されてるし……と視聴したが、気づけば最後まで見終えてた。
 視聴後にウィキペディアを見たら、冒頭の数行で分かる人には分かるネタバレ書いてあったので、見ないでよかったと思った。

 

 狂気はびこる連続殺人とかではなく、演技で魅せるサスペンスという感じだった。

 

www.youtube.com

映画『怪物』予告映像【6月2日(金)全国公開】


 解説や批評、考察は、何年も前に話題となった邦画ともあって多い。

 けど、アクセス上位にありながら「それは違うでしょ」というのも多かった。

 

 折角なので、自分のメモとして少し残しておく。

 とは言え感想文を書こうとすれば、名作なだけあって数万字を書いても終わらない。

 なので「母親の早織と校長」のメモだけ、まずは書いておく。

 

 

 

 ストーリーの核心には触れないが、当然ながらネタバレとなるので、注意して欲しい。

 

 

 

 

 ~早織と校長の対比~

 この映画に登場する、母親は二人。

 麦野 早織(安藤さくら)と伏見校長(田中裕子)だ。

 両者は、子どもの被害を訴えるシングルマザー vs 学校という権威の頂点 という分かりやすく対立する立場。

 校長は大事な孫を失っていることから、子を失う辛さを知っているかと感情気味になった早織に詰められ、それに能面で無反応でいるシーンなんかもわかりやすい。

そこでいくつか、キーワードでそ比べてみる。

 

・車

この作品でキーワードとなるのが「校長の孫の死」だ。

作中では、校長の夫が、駐車場で孫である女の子がいるのに気づかずに轢いてしまった、追突事故だと周囲に認識されている。

そのせいで夫は収監されており、校長もまたしばらく休んでいた。

 

その一方で、本当は娘を轢いたのは校長だった、などとも噂されている。

実際、解説ブログでも「校長が轢いたのでしょう」と推定するものもある。

 

常識的に考えれば、孫とのツーショットを机に飾っているし、警察の調べもあって収監されているわけだから、刑事ドラマによる逆転劇でも示されない限り、彼女は本当に無罪と考えていいだろうが、そこは一旦保留にする。

 

さて、ここで早織のほうはというと、実は対比するかのごとく、しょっちゅう車を運転するシーン、バックで駐車するシーンが描かれる。

そして運転中、息子が飛び出してケガをし、車も衝突して破損、後の会話で警察に取られたことが分かる。

また2度目の駐車のシーンも、いらだつ余り後方のブロックか何かに乗り上げてしまう。

 

運転は決して故意でなくとも、あるいは子供の予想外の行動で傷つけてしまうことを印象付ける早織。

これは間接的に校長の孫の死への冤罪を、視聴者に伝えている感じもする。

 

乗り物といえば、この映画ではもう一つ「電車」がキーワードとなる。

子どもたちは行き止まりの線路を眺め、高所から貨物列車を見て、そして放置された電車の車体で自分たちの遊び場にする。

インタビューによると、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜も意識されたそうだが、各所に電車は希望の象徴のように描かれているのは確かだ。

 

 

・麦野湊への対応

湊は、母親である早織と上手い親子関係を気付いているように見える。

気兼ねなく話す二人の演技は、現実の親子にかなり近い。

 

だが、彼女はある時点から彼の示す些細な信号に気付かず、自身の考えを押し通した結果、ズレが生じ、それが広がっていく。

朝起きない、突発的な行動の数々といったステップがあったにも関わらず、彼の心と向き合うよりも、自身で積極的に行動をしていったため、逆に自分自身が「穿った」判断や推測をしていることに気付けない。

 

一方の校長は、湊に多くを語らない。

ただ本当の孫に接するように、無関係な話から始め、そして彼の心をゆっくりと開いていく。

早織からすれば無表情で何を考えているかわからない校長だが、湊からすれば、母親や担任に信号が気付かれない中で、ただ一人気付いてあげられる大人であった。

 

 校長が最初の段階から、とある事件に関わる人物を目撃していること。

 早織や教師視点では不条理な対応をしているようにみえて、よくあるマニュアルに従っていること。(生徒という情報源を頼ったことで、そもそも勘違いを加速させてしまうのだが)

 

 教師である保利(永山瑛太)が屋上で思い詰めているシーンで、謎の音に視線を移すシーンが描かれるが、直前に示される校舎の間取りから、その視線の先には校長と湊がいたことが分かる。

 だから保利は、自宅に戻り、そしてある信号に気付く。

 

 

・夫との関係

 早織の夫は、死亡している。

 父親から「息子には普通に結婚して普通の人生を送って欲しい」と言われていると湊に伝える。

 というが、子どもは本当のことを、母親が隠している罪を知っている。

 だから、普通の結婚という言葉自体が、元から彼の中で矛盾を生じさせているのは想像できる。

 そして今回の一連の事件で強い不条理に悩まされる根源ともなる。

 

 対して、校長の夫は収監されている。

 だが夫婦仲は依然良好そうで、彼の罪を受け入れている様子さえある。

 世間からは孫を殺した犯罪者と冷遇される存在だが、それを受け入れた強ささえ感じる。

 「校長が車で轢いた」というコメントも、この犯罪者との面会の場ながら和やかな雰囲気という違和感を解消させるためにでた理屈だろう。

 (本当にそうだとしても、劇中では噂話ほど当てにならないというメッセージが繰り返し登場するため、あまり信じても仕方ない)

 

 余談だが、校長は面会中に、折り紙の船を折っているが、それは旅立った孫への精霊船を表してそうでもある。

 火から始まり、水で終わる話だとか、主題歌名が「Aqua」 だと、水を連想する言葉が多いけれど、水によって旅立つ船は子供への祈りを表すモチーフとして差し支えない。

 

 更に付け加えるなら、保利先生と彼女の関係も重要だ。

 男と女の嘘の話を語り、付き合っているが結婚には至っていないこのカップルは、家族に問題を抱える校長や早織の存在を比較するために存在している。

 と、いうのも、この映画では嘘と家族の在り方がいくつも登場する。

 

 家族に罪をバレないようにつく嘘。

 あるいは、嘘をつかせて真実をバレないようにする。

 

 登場人物たちは、何が真実なのかを追い求めるが、一方で嘘が罪なのか、真実のほうが罪なのではと問い続ける存在もいる。

 子供と親、その中間地点に位置する保利先生と彼女の存在もまた、話を理解するうえで重視すべき点だ。

 

 

 

 

まとめ

 ……というわけで、映画の一部分のみを切り取ってメモしたわけだけど、これを読んだだけじゃ正直なんのこっちゃだろうとは思う。

 というか、こちらはプライムビデオのおススメに出てきたお陰で前情報を受けずにすんだが、多分ネットで調べてしまった場合、核心部のネタバレを避けることは不可能な気がする。

 

 とはいえ、ネットに書かれている以外の読みや発見がいくらでもできるくらい、描写力の高い邦画がこの『怪物』である。

 あとカメラがとてもよく、どこからでも田舎感のある撮り方で溢れてた。

 それでいて、ちゃんと見えなくともそれが何なのかを最低限しか見せず、役者の演技で語らせる演出は、子役から老人まで演技力の高い俳優を揃えたからこそ一貫できる方法だなとか感心した。

 

 そして人間の恐ろしさと、全体を包む夏の透明感という両立は、この監督が「万引き家族」を撮った人だと聞いて納得した。

 『ひぐらしの鳴く頃に』『スタンド・バイ・ミー』の、狂気を含みながら爽やかな空気感の類似性があるかも。

 

 最近は『関心領域』というアウシュヴィッツ収容所の隣に住んで幸せそうな生活を営む家族の話がプライムビデオに入ったけど、こちらは幸せで平凡な演技を見せることで怖いから、比較するのもいいかもしれない。