今日から繋げる古代風景

日々の出来事を無理やり歴史に紐付ける人

2023年の音声合成周りの記録

AIが発達してきて、ここ数年で情勢変わりそうなので、

現状をなるべく色んなサイトURLと共に記録しておく。

 

音声AIの変化(キャラクター性の不要)

最近、

ネットのサブカルに興味ない人たちのスマホから、ずんだもんを始めとする合成音声による解説が流れてくるようになった。

視聴者は、ずんだもんがどういったキャラ設定なのかを知らない。

声オタ以外が声優を意識せずナレーションを聞くように、動画の一要素として音声合成を聴いているし、利用されている。

 

これは、初音ミクを始めとする、日本の合成音声の文化から見ると驚くことだ。

オタクのネット文化で育った、初音ミクを始めとするVOCALOIDと、実況や解説動画。

 

それ以前の音声合成ソフトと違い、初音ミクは「16歳バーチャルシンガー」というキャラ設定を与えられたことで、たどたどしい声が逆に萌えや個性として生かされ、ヒットしたとよく分析されている。

 

その背景を知っているネット民は、動画を見る際にまず「どの音声ソフトのキャラが」「どの方式で声を出すのか」を意識する。

 

ボカロであれば、使ったキャラの名前が動画タイトルの末尾につく。

ゆっくり解説も、どのキャラが話すのか、またはソフトの声を使ってどんなオリキャラを登場させるのかが、サムネイルの段階で分かる。

 

そうして培われたキャラたちのイメージ像が、ユーザー一人一人の中で膨らみ多様性を持ちながら、いくつかの要素により共通の認識を作り上げる。

そうして最近でも、「ポケミク」や「初音ミクEXPO」のように、様々な種類の初音ミクを生み出し、しかし全ては姿が違っても「初音ミク」であるとして企画進行している。

「プロセカ」は、現在若い世代向けにボカロのメインストリームを生み出す存在にまで成長した。かつてのネットとは空気感が違うものの、ボカコレなどのイベントにより未だネット層の注目を引き続けている。いくつかの曲は、TikTokといったニコニコと異なる場所で大ヒットするようになる。

www.project-voltage.jp

 mikuexpo.com

 

プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク (sega.jp)

 

一方で、近年ではキャラの存在しない音声合成が多くなった。

特徴的なケロケロ声だった発音技術は、もはや「神調教」とタグ付けされるまでもなく当たり前に人間と判別できないほどに自然な声となった。

その恩恵は、既にネットを飛び出している。

 

例えばNHKはニュース番組の一部で音声合成を使っているし、街中の無人精算機やアナウンスにもどこかで聞いたことのある音声合成が利用されている。

しかし、そこには一々キャラ性をアピールされることはない。

 

声優が常に名前を名乗ってからナレーションを始めないように。

MOBキャラはあえて名前も顔もかかず、ゲームの進行を妨げない無個性であることを強いられるように。

 

キャラクター付けによって発達したネット内の音声合成は。

今、時代を逆行するように、あえて無個性であるものが増加するという皮肉がこの2023年の現状だ。

声優は一層アイドル化したというのに、音声合成は数こそ毎年多く増えながら、その個性は大御所を除き、大衆に広まったことで個性が薄くなる場面をみかけやすくなる。

 

これは落ちぶれたのではなく、時代の変遷の中にいるのだろう。

 

AIの使用例のニュース

AI技術の発達で、有名人の合成音声が勝手に作られ悪用されるニュースが増えた。

故人の音声合成によるトラブル(元首相や海外の毒舌コメディアン)も多い。紅白で美空ひばりAIが流れたのは2019年だったが、あの時以上に増えている。

特定の政党支持を芸能人がしているよう見せかけたり、ウクライナ侵攻でも嘘の動画と共に使用されるのを見かける。

ネット内でも、無断に音声モデルが販売される一方、著作権整備も対策も行き届いていない。

 

参考

 

「岸田総理に卑猥な言葉を言わせる悪質フェイク動画」 (Full Ver.) - ニコニコ動画 (nicovideo.jp)

AIが声を失ったラジオ記者の声を復元 放送復帰へ=米 - BBCニュース

ディープフェイク動画の衝撃、AIで作られる「高品質なデマ」 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

VTuberや声優の「AI音声モデル」無断販売への懸念 法的トラブルの恐れも - KAI-YOU.net

 

一方で、好意的なニュースもある。

優秀な音声AIが手ごろに、ときに無料で変えるようになってきた。

CeVIO(ちぇびお)も2021年夏に発売されたが、もはやYoutubeで見ない日はないほど広まった。

ビートルズの新曲をジョン・レノンの合成音声AIを用いて完成させた話もある。

About CeVIO | CeVIO Official Site

ビートルズ最後の新曲「Now and Then」は、こうしてAIの技術を駆使して世に送り出された | WIRED.jp

 

日常生活の中で

昔はSafariやコルタナ程度しかいなかった、身の回りの音声認識AIも

多くの家電に搭載されるようになった。

サブスクの発達で、テレビにサブスク用の機器を設置することも多い。

その場合、リモコンで一々文字入力するのが面倒だからと、音声入力する場面も増えてきた。

 

音声認識AIを見ても、サービスの増加がうかがえる。

音声認識AIカオスマップ2024を初公開!生成AI・ChatGPT連携機能の有無や用途が一目で分かる! | 株式会社アイスマイリーのプレスリリース (prtimes.jp)

 

そういえば、電車やバスの音声は録音が多いけれど

初音ミクとコラボした札幌では、アナウンスが一時期ミクのものとなったという報道が2011年にあった。

今では話題性にせずとも、当たり前のように音声AIが街中のサービスに使われているから、時代を感じる。

 

asahi.com(朝日新聞社):車内アナウンスも初音ミク 札幌市電に「雪ミク電車」 - トラベル

 

終わり

今回は、今年爆発的に流行したchatGPTにあえて触れなかったけれど、これと音声AIを結びつけた話もよく聞く。

とはいえ、変わった後では、変わる前のことを思い出せなくなることが多い。

 

初音ミクがシャルル、千本桜、メルトなどと出会う前。

カラオケやCDショップにいつ「ボカロ」ジャンルが設定されたか。

V3やV4、flowerや花譜、ユキが主流に上り詰めるまでの楽曲は何があったか。

 

だからせめて、今日の彼彼女たちはどこに立っているのかを。

自分の狭い視野でいいから記録を取ることで、いつか振り返るときの目印となればいいなと思った。

 

蛇足

ラビットホールのMV、スキなのが多い。

2020年くらいのダーリンダンスくらいから流行り始めた「ぴえん系ソング」の代表格。地雷系、メンヘラ系の創作増えてきたね。

@_CASTSTATION さんのTwitterでみれる無修正verも良いブラックなHさです。

【MMDモーキャプMV】ラビットホール【モーション配布】 - ニコニコ動画

(nicovideo.jp)

 

Pure Pure (youtube.com)

HIMEHINA【愛包ダンスホール】の奏でるオリエンタリズム~スペインを添えて~

 

今日紹介するのはこちらの新曲。

二週間前に投稿されて既に100万再生されたVtuberのデュオソングだ。

 

【HIMEHINA 愛包ダンスホール

 

www.youtube.com

 

かわいい。

 

特段気に入ったわけではないが3時間ほどリピート再生していると、曲に対する意識も深まってきた。

 

チャイナ服VtuberのデュオがダンスするMVとジョン・レノンがぱいぱいされる歌詞にサイケデリックしていたが、よく考えると奇妙な組み合わせだ。

曲ならだれでもきけるが、その歌詞やMVを一つ一つ理解している人間はどれくらいいるのだろうか。

 

というわけで、この曲の要素を時代によってバラバラにしてみる。

 

 

歌詞と時代

 

紀元前

休戦しようぜ 涙腺が源泉温泉

汗ばんだらガンダーラサンサーラ

なに言ってんだ?(自問自答)

 

ガンダーラと言う言葉が日本で知られるようになったのは、1978-79年の大ヒットドラマ「西遊記」(1978-79)の主題歌だ。

youtu.be

 

ガンダーラとは現在のパキスタン北西部の地方にあった古代王国名。

ガンダーラ王国は、ペルセポリスに残るダレイオス1世の碑文から紀元前6世紀には存在していたとされる。

 

アレクサンドロスギリシア文化(ヘレニズム)をこの地にもたらしたことで、シルクロードの重要な交通路として栄える。

特に1~3世紀には仏教とヘレニズムが融合したガンダーラ美術が生まれた最盛期となるも、11世紀にガズナ朝のスルタンにより征服され、名前とともに衰退した。有名なのは古都バーミヤン

サンサーラサンスクリット語でいう輪廻。

 

西遊記の主題歌としては、ガンダーラを「インドの理想郷」と再定義し、愛を語るオリエンタル調な曲である。

 

中華娘風のキャラにガンダーラを語らせることで出る東洋の神秘感も出てくる。中華レストランのバーミヤンも、東洋と西洋架け橋であった古都バーミヤンのように、人と人を結びつける場所にしたいというのが店名の由来らしい。

人気のファミレスチェーン、あなたが一番好きなお店はどこ?【アンケート】(1/2) | グルメ ねとらぼ調査隊

「バーミヤン」は中華のお店なのに、なぜ名前はアフガニスタンなのか(2/2)|Jタウンネット

 

これは深読みだが、「自問自答」という括弧書きも、輪廻とは何かを自問自答しているという仏教的な二重の意味にかけているとも取れる。

 

 

1920年代:ボレロ

愛包ダンスホール 今日はボレロ

蕩けった少年 甘酸っぱい感情

 

ダンス曲のボレロといえば、スペイン起源またはキューバ起源といわれているダンス音楽「ボレロ」のことだろう。

日本なら「マンボ」というダンス用語が有名だが、これもボレロの流れを組んでいる。

 

www.youtube.com

 

カスタネットを叩き、ギターの成る中で一人ないし二人で踊るダンス。

元々19世紀(1840年代頃)には存在していたが、2拍子のダンスとしてメキシコへ広まり、1950年代にはラテンアメリカの音楽として組み込まれる。

マンボ自体は衰退したが、そこから派生した「ルンバ」「チャチャチャ」「サルサ」など、ダンス音楽の基盤となっている。

 

オワラナイ・ラブコール・ノ・ダンス・デ

 

スペイン語風な表記なのも、ボレロを意識しているからだろう。

 

1970年代:ジョン・レノン、イマジン

 

艶やかな脳内の脳裏のジョンレノンも愛包家

イマジンオールザピーポーの祭典

 

ジョン・レノン(1940-1980)は60年代ヒップホップを代表する世界的バンド、ビートルズのメンバーだ。

歌詞に登場するイマジン(71年発表)は71年に個人として発表したもので、後にオノ・ヨーコとの共作と認めるが、ともかく20世紀を代表する曲のランキングがあれば必ずトップ10にいるような人気曲。

 

イマジン・オールザ・ピーポー(想像してごらん、すべての人々が~)は、曲中で何度も繰り返されるフレーズである。

~の後には

living for today (今日を生きている)

living life in piece(平和の中で生きてる)、

sharing all the world(全世界を共有していると)

とつづく。聞いた方がはやいのでリンクを貼る。

 

www.youtube.com

 

 

1980年代:オエオエオエ

 

ほらオエオエオエオエよ

 

オエオエオエというリフレインは、ポップスでもよく聞くが、源流はメキシコ発祥の「Olé Olé Olé」といった応援メロディから来ている(と思われる)。

 

Olé(オレ) 自体はスペイン語の感嘆詞で、フラメンコや闘牛で聞いたことがあるだろう。

サッカーの応援歌としてスペイン語圏で流行し、1980年代頃にはメキシコワールドカップなどを通じてスペイン語圏以外にも広がり、「オエオエオエ」としてうたわれ始めた。

 

曲としては、1987年にTHE FANSの「Olé, Olé, OléTHE NAME OF THE GAME)」が発売し世界的にヒット。各国でカバー曲され、日本では「WE ARE THE CHAMP ~THE NAME OF THE GAME ~」として発売される。

 

youtu.be

 

1980-90年代 ボディコン

 

ナイトクラブが「サタデーナイトフィーバー」から更に奇抜な方向へ発展する中、高級ブランドのボディコン・ワンレンの派手なドレスが台頭する。

MVのサビで踊られる、ハイヒールと銀のボディコン風ドレスはまさにその時代を再現しているのだろう。

丁度10代のころにジョン・レノンを聞いていた世代でもある。

 

2000~10年代:Wi-Fi

高まった感動の再会 集まった愛情のWi-Fi 持寄った常灯の人提灯

改めて書くまでもないが、現代最先端技術の「Wi-Fi」と江戸時代的な「人提灯」を並べるあたりセンスが光る。

 

Wi-Fiという技術は、1971年にハワイで実験的に利用された(アロハネット)がスタートとされる。

その後、ワイヤレス技術や規格が整うと、2000年代初頭から普及する。

スマホやノートPC、タブレットなどによりインターネット利用率が急激に増え、日本での利用率が8割を超えて落ち着くようになったのが2010年代である。

 

その他:ミートパイ、ミルフィー

話を付けくわえると、既にガンダーラやスペインの話をしたが、歌詞中に「熱いミートパイ」を登場させるのは、アメリカン要素だろう。

と思ったら「ミルフィーユ」を登場させたりと、意図的に歌詞を国際色豊かにしている。ジョン・レノンはイギリス出身、中華系はいわずもがな。

 

 

歌詞から時代を振り返る

今回はジョン・レノンという分かりやすい固有名詞があったから、記事もとっかかりが見つけやすかった。

一方でオノマトペだけで作った歌詞ですら、そのオノマトペの用法をたどれば歴史を感じることができる。

 

こんなことして、なにか意味あるのと言われたら、別にカラオケが歌いやすくなるわけでも、Vtuberへの理解が深まるわけでも、癒されるわけでもない(むしろ疲れる)。

 

だがもう一度再生を押したとき、そこに見えるのはただのネットに浮かんだアイドルソングでない。

蓮の花の水面下のように、時代との繋がりを曲の表現として昇華されていることを理解することで、より深い視点から動画を見れるのではないだろうか。

 

3時間聞き続けてる時点で、もう深みに達している気がしないでもないが。

 

 

 

 

 

正月随筆を時代別に並べてみる【幕末~昭和9まで】

 

あけましておめでとうございます。

 

歴史ジャンルにブログを置いてる私は、折角なので正月に関する文学やエッセイを青空文庫で眺める。

祝うものが正月だと思えば、近代作家のほうが戦時やら社会変化に巻き込まれていて、記述もそんなこと無かったり、逆に人生経験を積んだ上で幸せを願ってたりする。

 

なんとなく時代順で、当時の正月を記した部分を並べてみた。

婦人画報の写真をみながら追ってみると、さらに楽しいかもしれない。

100年雑誌が紹介した100年前のお正月風景 (fujingaho.jp)

 

 

 

幕末〜明治

勝海舟の逸話と、海舟日記沙より。

まだ旗本という制度に武家ながら貧乏という幕末らしい世情から生まれた悲しいエピソード。

 

貧乏な暮らし

江戸本所(墨田区両国)で旗本の子として生まれます。父は旗本でも役職がなかったので、貧乏な生活を送ります。少年時代には剣術に打ち込み、寝る間も惜しんで稽古をしました。
結婚してからも貧乏な生活が続きます。
正月に親戚にもらった餅を持って帰る途中、両国橋で風呂敷が破れてしまいます。暗い夜道を、餅を探すものの、大人になっても自立できていない惨めさを感じて、結局、拾った餅を川に投げ込んでしまいます。

勝 海舟(かつ かいしゅう) | 人物編 | 中高生のための幕末・明治の日本の歴史事典勝 海舟(かつ かいしゅう) | 人物編 | 中高生のための幕末・明治の日本の歴史事典

 

文久3年(1863)

海舟の日記。明治3年くらいまでの日記では、正月を祝った記録より幕末から明治で次々起こる事件や志士との交流の記載が多い。

 

正月元日 竜馬  昶次郎(近藤長次郎) 十太郎(千葉十太郎) ほか一人を大阪す至らしめ京都に帰す。

濱口義兵衛(濱口梧稜)方江文通す。

(海舟日記沙より訳)

 

1カ月前の12/9に坂本龍馬勝海舟に初めて謁見し門下となっている。近藤長次郎(1838~1866)も海舟の門下となり、亀山社中に加わることとなる。後に社中の盟約所に違反した責任を取り切腹

近藤長次郎 - Wikipedia

 

千葉十太郎(1824~1885)は竜馬が通っていた北辰一刀流千葉道場の長男。前年は勝海舟を暗殺しようと、二人と共に訪れていた。鳥取藩に仕え、後に勤王志士を道場に匿ったり、戊辰戦争では兵士の指導を行い、維新後は管吏となる。

千葉重太郎 - Wikipedia

 

濱口儀兵衛は多分、紀伊の醤油商人(現在のヤマサ醤油)にして実業家や政治家となる濱口梧陵(1820~1885)のことかな。

フィクションとしては、安静難解地震では己の田の藁に火を点けることで村人へ迅速に津波から避難させた「稲むらの火」の逸話が小泉八雲により小説化されたり、地元の祭りに残っている。

濱口梧陵 - Wikipedia

 

明治28年(1895)

岡本綺堂(代表作『半七捕物帳』など)による日清戦争時の正月話。戦時に適応した正月の様子が記されている。

 

明治二十八年の正月、その前年の七月から日清戦争が開かれている。
すなわち軍国の新年である。

海陸ともに連戦連捷、旧冬の十二月九日には上野公園で東京祝捷会が盛大に挙行され、もう戦争の山も見えたというので、戦時とはいいながら歳末の東京市中は例年以上の賑わしさで、歳の市の売物も「負けた、負けた」といっては買手がないので、いずれも「勝った、買った」と呶鳴どなる勢いで、その勝った勝ったの戦捷気分が新年に持越して、それに屠蘇気分が加わったのであるから、去年の下半季の不景気に引きかえて、こんなに景気のよい新年は未曾有であるといわれた。

岡本綺堂 正月の思い出

 

明治30年明治43年(1897, 1910)

寺田寅彦(1878~1935)は物理学者にして随筆家、詩人。

東京生まれだが高知の士族の長男という明治らしい出自。

後に出てくる夏目漱石の作品のモデルともいわれる。

 

日本の正月という伝統っぽさと明治ではまだ真新しかった汽車やヨーロッパ旅行の組み合わせが面白い。

 

九州の武雄温泉たけおおんせんで迎えた明治三十年の正月と南欧ナポリで遭った明治四十三年の正月とこの二つの旅中の正月の記憶がどういう訳か私の頭の中で不思議な聯想の糸につながれて仕舞い込まれている。

 

 (明治30年)翌朝は宿で元日の雑煮ぞうにをこしらえるのに手まがとれた。汽車の時間が迫ったので、みんな店先で草鞋わらじをはいたところへやっと出来て来たので、上り口に腰かけたまま慌ただしい新春を迎えたのであったが、これも考えてみるとやはり官能的の出来事であった。やっと間に合った汽車の機関車に七五三しめかざりのしてあったのが当時の自分には珍しかった。

 

 (明治43年)明くれば元旦である。ヴェスヴィオ行きの準備をして玄関へ出ると、昨日のポルチエーが側へ来て人の顔を見つめて顔をゆがめてそうして肩をすぼめて両手のてのひらくるりと前に向けてお定まりの身振りをした。

寺田寅彦 二つの正月

 

明治43年漱石

朝日新聞時代の夏目漱石43歳。

この年の6月に胃潰瘍で危篤となり、5年後に亡くなるまで入退院を繰り返す。

ここでは、新聞会社で正月記事を書かなきゃいけない愚痴を書いている。


 元日を御目出いものと極めたのは、一体何処の誰か知らないが、世間が夫れに雷同しているうちは新聞社が困る丈だけである。

雑録でも短篇でも小説でも乃至ないしは俳句漢詩和歌でも、苟くも元日の紙上にあらわれる以上は、いくら元日らしい顔をしたって、元日の作でないに極っている。

尤も師走に想像を逞くしてはならぬと申し渡された次第でないから、節季に正月らしい振をして何か書いて置けば、年内に餅を搗いといて、一夜明けるや否や雑煮として頬張る位のものには違ないが、御目出たい実景の乏しい今日、御目出たい想像などは容易に新聞社の頭に宿るものではない。

それを無理に御目出たがろうとすると、所謂太倉の粟ぞく陳々相依という頗る目出度くない現象に腐化して仕舞しまう。

夏目漱石 元日

 

昭和2年(1927)

漱石の弟子、芥川竜之介の死後発表された澄江堂句集に収録。

哀愁あふれる。他にも仲間へのハガキで正月を読んだ歌がいくつかあるらしい。

 

元日や 手を洗ひをる 夕ごころ

 

 

昭和9年(1934)

太宰治25歳の「葉」。中原中也と同人誌を作るも揉めたりした時期。翌年、首吊り自殺未遂や、留年していた大学の除籍する。

下は檀一雄の同人誌によせた、冒頭文ながら分かりやすく不安定にさせられる太宰作品。

 

死のうと思っていた。

ことしの正月、よそから着物を一反もらった。

お年玉としてである。

着物の布地は麻であった。

鼠色のこまかい縞目しまめが織りこめられていた。

れは夏に着る着物であろう。

夏まで生きていようと思った。

太宰治 葉

 

 

感想

 

探せばもっとあるだろうし雑誌の特集組めちゃうほどの文量になるだろうけど、真面目にやると正月休みがすべて潰れるのでここまで。

作家の個性もそうだけど、時世を読み取るのも楽しかった。

同じ年が一度もないように、同じお正月は一度もない。

 

今私が随筆を書けば、スーパーとネットの福袋にゲームの正月イベントの話になってしまい、重厚感は全くなくなりそうだけど、百年寝かせればアンティークものになるだろうか。

 

他の作家で面白い元旦の随筆や日記があれば、教えてください。

 

終わり

 

 

 

『ファミレスを享受せよ』『葬送のフリーレン』などから考える超長時間2023

 

長命種と読者

人間100年時と言われてから久しい現代日本

 

昭和の老けたアニメキャラが実は今の自分より年下だったことに驚いたり、老後にも労働しなくてはいけない不安に駆られたりするこのご時世だが、人間の時間間隔はフィクションを通じて大きく狂わされるし、順応してしまうことも分かっている。

 

人間はいかにして、自分の寿命を超えた長い時間の物語すら、自分のものとするのだろうか。そんな話を、最近人気な2つの作品から考察してみる。

 

ファミレスと葬送

『ファミレスを享受せよ』は2022年に月間湿地帯/おいし水により公開されたアドベンチャーゲームだ。

ファミレスを享受せよ by oissisui (itch.io)

 

そして2023年8月にはstem版、11月にはswitch版も発売され、間違いなく人気のゲームである。

説明文に

 

>永遠のファミレス『ムーンパレス』に迷い込むアドベンチャーゲームです

 

とあるように、この作品のテーマには「永遠」が存在する。プレイヤーは外へ出れないファミレスの中を歩き回りながら、同じく長い間ファミレスの住人となった人物たちと会話し、時間を潰し、長い時間をかけてこのファミレスに馴染んだり新たな発見をしたりして過ごしていく。

 

このゲームが面白いのは、実際にプレイヤーに、長く退屈になりそうでギリギリ退屈ではない時間を過ごさせることだ。ここに登場する人物たちは、大げさな行動や際立った個性をこれでもかと発揮するような人はいない。長い時間の中で、穏やかに過ごす事を受け入れた人々だ。故に誰もが静かに語り合い、プレイヤーも自信もゆるやかな世界に順応していく。

とはいえ、よく考えるとこのゲームをプレイしたところで、一時間は一時間だ。推定プレイ時間30分とあるように、エンディングまでは決して長い時間はかからない。むしろ激しいアクションのあるゲームのほうが、チュートリアルだけで一時間以上あっという間に立っていることもある。だが、このゲームに10分でも使ったプレイヤーは、確かに長い時間を過ごしてきた共感を覚えるのだ。

 

ここで長い時間を感じさせるのは、単純な風景と穏やかな世界によるものだろう

不老不死の冒険譚であれば、不滅のあなたへ』(2016〜)などの前例もある。だが、ここではアクション性を取りさり、淡々と流れる時間と、何かが起きても大きく心象を乱されない、長い時間においては全てが些細なことにみえる世界観が続いていく。

 

未知の世界に迷い込んだはずでありながら、プレイヤ—と主人公は脱出しなければならないと焦る気持ちを持続させない。三色だけのシンプルなイラストに静かなBGM。人物たちの卓越したかのような台詞への共感。ここに悠久の時を過ごした感覚を覚えさせる何かがあると踏んでみる。

 

さて、先にもう一作品について、軽く紹介しよう。

『葬送のフリーレン』は2020年からサンデーにて連載を始めた漫画、および2023年9月から放送したアニメだ。

 

https://frieren-anime.jp/

 

長寿のエルフであるフリーレンが過去の勇者パーティーを想いながら新たな仲間と共に旅する人気作は、SNSでも見れば考察が溢れかえっているので深くは触れない。

ここで提示したいのは、この漫画の特徴であるフリーレンの時間間隔だ。他の人物が生きる時間の感覚と、長寿により大幅に異なる時間間隔は、数十年ぶりの仲間に数日離れていたくらいの感覚で挨拶している様子や、遥か昔のことを昨日のことのように語る様子がこの漫画のクセとなる部分である。

 

もし『ファミレスを享受せよ』をプレイしたのなら、フリーレンの様子に近しいものを感じるはずだ。つまり時間にルーズとなり、どこか達観する感覚だ。とりあえず目の前に暇つぶしがあるからそれに向き合うだけで、それ以外は特にすることがないという感覚である。

 

そう、『ファミレスを享受せよ』は探索ゲームではあるが、基本的に多くをすることがない。プレイヤーができることは、狭い店内を歩き回ること、話題をみつけて他の人物と雑談すること、ドリンクバーを飲むこと。この3つだけ。冒険もしないし、頭を使う謎解き要素もそんなにない。ただぶらぶらとファミレス内を徘徊して、新たな雑談の種が手に入っては、誰かに話しかけ、そしてまたぶらぶらと徘徊しては、何か面白いものがないかを探させられる。

 

フリーレンも、時間がないという感覚が少ないため、基本的にゆったりと受動的に行動する。旅をするという自発的な理由が芯にはあるものの、表面は「なぜ人間はそういうことをするのか」という疑問を持ちながら、とりあえず人間を真似たり、仲間の言うことに従っている。このゆるやかな積極性こそ、私たち読者に長い時間を生きた感覚を与える部分なのではないか。

 

2023他作品での超長時間の扱い

他の作品も例に出していこう。

長寿で生きると言えば、手塚治虫の『火の鳥』。丁度今、『火の鳥 エデンの宙』が劇場で公開中だ。ここに出てくる火の鳥は、他の生命と自らをハッキリと分けて考えており、独自の考えで行動していく。こういった、長く生きたことで別の視点へとたどり着くキャラ造形は多いが、その場合読者に共感は生まない。別種の存在や、人間の善悪を超えた別次元の存在という扱われ方をする。ただし主人公たちの邪魔をするなら、それは凝り固まった自分だけの固定概念を持つ悪としても描かれる。

一方で、数千年間、ある一念のために行動する誠実さを表す場合もある。

鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(2023)は今月公開の映画だが、このバージョン(6期)の鬼太郎はなぜ人間を守るのかと問われて「育ての親」を例に出す。人より長く生き達観した存在ではあるが、一方でその奥深くに刻まれた信念は、一年であっても思いを貫き通すことが難しい人間に対して、フィクションであっても感動を生む。

1000年以上経ても一貫した思いなのは、同じく2023年にアニメ最終回を放送した『進撃の巨人』もそうだろう。ネタバレというか内容を説明するのは長くなるので割愛するが、あれもまた異常な意志に対して読者がギリギリ共感できる人間的な原動力を持つことで共感を得ていた。

 

しかしこれらは、キャラと視聴者の絶対的な距離の隔たりがある。理解はすれど、我々とは異なる存在だと理解される。どちらといえば神話の神々に近い超自然的な方向性だ。

 

一方フリーレンでは彼女が人間性を学んでいき、その姿を主人公として追い続けることでその隔たりが緩和される。ファミレスでは超長時間を過ごす主人公とプレイヤーとの境界線が溶けてなくなっていく。

長寿いう異常性でなく、その日常を我々に追体験させるという特徴こそ、この2作品の独自性が生まれているのではないか。

 

客観的な視点での長寿

上記以外でプレイヤーに長い時間を過ごす体感させるものだと、ゲーム内で年単位の街作りや戦争をするゲームや交配などをさせる育成ゲームがある。桃鉄なんかは99年プレイができるけど、あれもまた擬似的な長寿視点であろう。

ただしこれは少数ゲームに限った話ではない。現実の時間より大抵フィクションの中の時間は早く進む。

ここにはフリーレンほどには長寿性を意識な視点はない。一方、一回の行動が1ヶ月かかるといった悠長さ、戦略を練るときは数年〜数十年先(現実のプレイヤーとしては数十分〜数時間)の展開を考える思考は、長寿という視点でもある。

ただし前述の通り、そこに長寿的という自覚は薄い。街づくりをする以上、必要だから長寿という設定がありそれを受け入れてるに過ぎないからだ。故に長寿によるデメリットや悩みを覚えることもない。

例外として、『俺の屍を超えていけ』など、短命なゲームキャラをいかに活用するかがプレイヤーに問われるゲームでは、相対的に長寿性による苦悩がみれる。短命性が特徴の作品だからこそ、長寿性と関連するわけだ。

 

終わり

フィクションのお陰で人間は100年、1000年、数万年を生きる感覚を楽しめる。だがその第一歩は「でも、それだけ長く生きてたら退屈でしょ?」から始まると思う。勿論長寿だからできる冒険活劇やゲームもあるが、この疑問に正面から答えるのがフリーレンやファミレスと言った存在なんじゃないかと、ダラダラ文章を書いて思った。

 

 

ポケモンから見る平成電気の歴史①~電気予報の予報するもの~

 

 

 

www.youtube.com

 

 電気予報、良い曲ですね。

 あの頃の冒険の好奇心を掻き立てるAメロから、「あああああ」という名前ネタを挟んだ奇抜さで斬新さを思い出させてからの、ボカロならではの「はしるるるr」となりながら電子音ロックなサビ。

歌詞をみると、あえてひらがなだったり、図鑑やボックスの電子音、トキワのもりのアレンジに至るまで、ポケモンとミクと稲葉曇さんの三位一体がすごいわけで…

 

 

(前置き)ネットとポケモン

 ———と、こう語れるのは、私がドット絵世代のポケモンを知り、00年代から現代までのボカロを知り、稲葉曇というPの曲を知っているからだ。

 電子音やトキワの森BGMを聞いて懐かしむ世代は、ポケットモンスター赤・緑(1996年、平成8年)に発売した初代をプレイしたか、リメイクのファイアレッドリーフグリーン2004年)を知っているか、あるいは懐かしいBGMメドレーを聞いて懐かしめるような、つまるところ20~30代が対象である。

 初音ミクがネットで一躍有名となった時代もそれと被るから、この曲のメイン層はそこらへんじゃないかと思う。

 

 ポケモン大会やポケカが今より身近な頃、一方でこの時代のネットというと、ポケハック、いわゆるファイアレッドを改造した同人作品が流行し、ポケットモンスターアルタイル・ベガなどの動画が上がったほか、怖い都市伝説、擬人化なども流行った。我々にとって、「でんげきが はしる!」

「しょうげきを くらう!」で連想するのは、2008年のコイルショックにほかならない。

www.nicovideo.jp

 

 公式からの供給が今よりも薄く、ジムリーダーがゲームの一瞬、アニメの数話しか登場しないことで、今以上に自由な設定の二次創作が投稿されていた記憶もある。番外だとポケスぺのSSとかも含まれる。

 

 同時に、でんきタイプに焦点を当ててみると、時代ごとの特色が覗けるじゃないだろうか。と思い付きで書いてみる。そのとっつきとして、でんきタイプのジムを順に追っていこう。

 

 

カント―:

クチバシティ(1996)

https://game-e.com/pokemon-pika-vee/map-city/kuchiba-city.gif

(良い画像がなかったので、ピカブイの攻略サイト画像より)

ポケモン クチバシティ - Bing video

 

 でんきねずみのピカチュウというマスコットキャラを生み出した今作では、国際線の行き交う港町がでんきタイプのジムに選ばれた。

 ジムリーダーのマチスは米軍人のようないで立ちで、横須賀がモデルなどと言われている。が、街を歩くとビルなどもなく、家より船が多いなど少し寂しい。

 

 電気と港町を結びつける要因の一つは、まず石油だろう。この1990年代は、石油需要の高まりと共に世界的な規制改革が行われた。日本でも規制緩和および平成7年に電気業法が改正されるなど、変化が訪れる。

電力自由化の経緯 - 電力システム改革 | 電気事業連合会 (fepc.or.jp)

 

 人々の使う電気は、家電に娯楽、そしてポケモン自体であるゲームや玩具などにより増大していく。電子やネットも発達することで、かがくのちからってすげー!という感想や、ポケモンをPC上で電子データとして送受信するポケモン預かりシステムが生まれる背景でもある。

 

 同時に、この時代はバブル崩壊の時期でもある。日本の家電メーカーが不況となる時代でもあり、またこれより後に電気は無尽蔵でなくコストも膨らむことから、省電力という発想が普及し始める。

 

 10ばんどうろに登場するさびれたはつでんしょも、このバブル崩壊の影響を受けたものかもしれない。

ポケモン

 151匹のうち、でんきタイプは9種類。

 カント―地方のでんきタイプは、ピカチュウ、エレブー、サンダー、サンダースと殆どが生物タイプであり、でんき=黄色のイメージがなされている。また身体の一部にとげとげやイナヅママークがあることから、一目ででんきタイプと見抜きやすい。名前も「ピカ」「サンダー」「エレ(キ)」と連想する。

 

 一方無機物で目立つのは、コイル、レアコイルである。

 無機物的な存在、黄色でなく金属色という存在で、両手が磁石である。名前のコイルとは金属に導線をグルグル巻いたもので、これに電流を流すと磁力線を生み出す。そしてコイルを2つ巻いて電流を流すと、相互誘導という電磁誘導が起こる。なので見た目とはそんなに関係ない。

 一つ目で浮いてる存在なので、でんき版ズバットのようなポケモンとして考案されたのかもしれない。

 

 他にギミックモンスターとして、ドラクエミミックと似た扱いの、ビリリダママルマインもいる。ビリリとする玉、丸いマイン(地雷)と分かりやすいネーミング。

 

ジョウト(1999)

www.youtube.com

 

 ジョウト地方にはでんきタイプのジムがない。

 ただしポケギアといった電子ツール、そして田舎町や古都のイメージの多い街に対して、コガネシティという大都市とラジオ塔が存在する。

 街のシンボルにタワーを建てること事自体は現実でも東京タワー(1958)や通天閣(1956年、ラジオ塔ではなく展望台)、さっぽろテレビ塔(1956)など1950年代後半に多い。

 

 それにテレビ全盛期の時代にあえて「ラジオ塔」としているあたり、目新しさは薄れたが街のシンボルとして定着した塔となっている。既にマップ内の家々もテレビが普及しているから、ラジオを聴く機会は減っているはずだから、途中でロケット団が乗っ取り放送をジャックするも、一時代遅い印象がある。

 

 だが、ポケギアという多機能電話ツール、つまり携帯電話が登場した。現実でも1999年ごろにガラケーが発売されている。1995年にPHSという通信手段とが開始され、またSMS(ショートメールサービス)や着メロといったサービスが生まれる。そして1999年にはドコモのiモードによりインターネットが利用可能となっていた。

 また、これによりラジオのインターネット配信も始まろうとしてる。競馬放送のラジオNIKKEIインターネットでの音楽配信時の著作権を、サンフランシスコで洋楽を流すことで解決したJ-WAVE配信された時期でもある。

 

参考:インターネット配信時代のラジオ~その歴史と広域化の流れ~20131105.pdf (nhk.or.jp)

 

ポケモン

 世紀末に発売された今作で、でんきタイプは、メリープ系列、初代のたまごポケモンピチューエレキッド、伝説でライコウが登場する。

 メリープは電気羊、羊の毛は静電気がでそうなイメージは元々あるけど、間違いなくブレードランナー(1982)の原作である「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」のイメージからだろう。体力は青からモココでピンク、最終的にはでんきのテンプレな黄色、デンリュウとなる。

 

 一方で初の「でんき」「みず」とでんき以外のタイプを持つ、チョンチーランターンというチョウチンアンコウっぽいポケモンが登場する。これによりバトル戦略が増えると同時に、モココを含め電球を身体に埋め込んだポケモンの登場で、でんき=光のイメージも追加された。同時にコイルもはがねタイプが追加。でんきタイプのみではあっらわせない無機物タイプも登場してくる。

 

ホウエン(2002)

キンセツシティ

www.youtube.com

 ゲームセンターの存在する、キンセツシティが登場。同時に人の発展の負の側面ともいうべき、新都市計画の失敗地ニューキンセツも登場する。

 

 現実ではガラケーに様々なアプリが登場2002年にカメラ付き携帯も登場し、折り畳み型やスライド型などデバイスが多様化する。

 

 現実での1999年、ゲームセンターは、アーケードゲームの流行が衰退、今作のゲーセンに登場するスロットゲームも射幸心が高すぎると公安委員会や自主規制により仕組みを大幅に変えた結果、あまり受け入れられなかった。また、ポケモンと言った家庭用ゲームなどにより人気が衰退したとも言われている。任天堂はどんな気持ちでゲーセンを作ったのだろうか。

 この後、2003年に北斗の拳、吉宗といった台も増える。00年代ではコンピューターグラフィックも良くなったため、表現で人々を惹きつけることも多くなった。

 

 ポケモンの対抗ゲームを見ると、1999年に発売、アニメ化を果たしてヒットした「デジタルモンスター」が登場する。近未来要素を詰め込んだロックマンエグゼ(2001)が登場。2ちゃんねるも発達するなど、ネットへのイメージが膨らむ時代である。

 

 そこで差別化をはかるため、あえてでんきタイプのジムがありながらでんき=ネット、発展の象徴と絡めず、むしろ発電機の暴走などのイベントを取り込んだ衰退的な社会問題のほうへ目を向けたのかもしれない。

 だが同時に、2004年に発売するニンテンドーDSの開発が少しずつ始まった時期だったともいえる。

 

ポケモン

ラクライライボルト

プラスルマイナン

 が追加された。どちらも生物系のでんきタイプのみで、名前だけででんきタイプと分かる。プラスルマイナンは、ダブルバトル(フィールドで同時に2体だし、2vs2で戦うバトル)の導入で、ギミックを楽しむべく、互いがいると能力のあがる「プラス」「マイナス」という特性を持っていた。

 

 そういえば映画「裂空の訪問者 デオキシス」(2004)が公開され、最先端の科学都市ラルースシティが登場するのもこの時期だった。

 

https://th.bing.com/th/id/R.486805dce6ffd0ddbcdae685b2e431a5?rik=3i9Yvv%2fK1vaHEg&riu=http%3a%2f%2fwww.pokepedia.fr%2fimages%2fthumb%2f0%2f01%2fLarousse_City.png%2f384px-Larousse_City.png&ehk=JsEI3KpuMi5VlWPlYXxVYAobvqmBvbrCrvRTjJ4txcE%3d&risl=&pid=ImgRaw&r=0

 バンクーバーがモデルのこの街では、ロボットや今でいう小型ドローンが登場するこの映画は、風力エネルギーから成り立っていたが、街のシステムが暴走する出来事が起こる。テーマの一つに宇宙と隕石も含まれておりかなり未来的なSF作品ともいえる。前年度の「七夜の願い星 ジラーチ」や次作「波動の勇者 ルカリオ」がファンタジー寄りであるのと比べても分かりやすい。

 

まとめ

 ここまでで、ポケモンでんきタイプに対して、分かりやすい雷のイメージをシンプルに入れつつ、必要以上に多く複雑に与えなかった。登場するポケモンも近未来感や無機物的なイメージよりは、むしろ自然の雷や生物的なイメージを持たせている。

 また電気に関する街のイメージも最先端ではなく、一つ距離を置いた視点でとらえているように思う。

 一方で冒険をより効率的かつ楽しんで行えるツールとしてポケギアを採用している。またゲーム外ではポケモン交換や対戦のツールであるコードをワイヤレスアダプタにするなど、新技術を柔軟に取り入れている。

 

ポケモン内ででんきタイプが大きくゲーム世界に関わるのは、ロトムを始めとする第4世代からとなる…

 

のでひとまずここで一区切り。

 

【Violated Princess】のMOD超初心者覚え書き

(今回も歴史関係ないよ)

 

 

 

ゲーム版初音ミクとでも言おうか。

先日も記事にした、掲示板のねらーたちによる合同開発ゲーム(通称VH)から派生した、【Violated Princess】のMOD開発が作者によって推奨されるようになった。

名も知らぬネット民たちが己の性癖を詰め込み、ヒロインをより可愛くみせるゲームとなるよう情熱をMODにつぎ込む様子は、ネットのノリでありとても楽しい。R18が主題なので紹介する場に困る以外は。

 

作品販売サイトURL(DLsite)

【10%OFF】Violated Princess [思い出し笑い] | DLsite 同人 - R18

 

作者がMODを推奨しているのだから、せっかくだしこのゲームに対するMODの方法について軽く説明してみる。初心者向けの解説は配布されているけど、ここでは更にRPGツクールを今作で初めて使ってみたい人に向けて、VPのMODを用いた説明をしてみる。

本家を含み作り方講座などはあるため、ここではPPGツクールのMOD導入法と、そういった講座を理解するための、更にもう一つ初心者向けにツクールの基本的な仕組みを紹介したい。

 

MOD作成で用意するもの

大きく3つ

・RPGメーカーMV

 ゲームの編集に必要。昔の製品名はRPGツクールMVだけど、中身一緒。有料なのは仕方ないが、現在はsteam版が90%オフで買えるので一番お得。

 よくある質問にあったけど、VP本体に入っているのは「RPGメーカーMVで作成したゲームを遊ぶための読み取りソフト」なので、これだけでは編集できないから購入が必要。

 

・Violated princess本体

なるべく最新パッチ適応済みであると望ましい。

パッチがなにかわからなければ再DL.セーブデータはフォルダのsaveを新データのsaveにコピーすれば引継ぎできる。

 

イベント製作解説.zipと直前セーブzip(以下サイトに載ってる)

Violated Princess 230928 追加イベント その7 - 思い出し笑い - Ci-en(シエン) (dlsite.com)

 ゲーム本編とは関係ない、解説講座をするためのフィールドを導入するためのzip。用意されたセーブからでないと通常は辿り着けないので、ゲーム本編がバグる心配はない。けど不安ならゲーム本編を先に複製し、壊れても大丈夫なようにしとくと良い。

 

zipをDLして、右クリックで「すべてを展開」。出てきた「WWW」とあるフォルダをVP本編のフォルダ内(本編の中にも「WWW」があるけど、そのまま)ドロップすると、イベント解説.zipの内容がゲームに導入される。セーブの方も動揺。

 

 この段階でゲームを開始し、追加されたセーブを見ると、草原っぽい正方形のマップが登場する。しなかったら、入れる場所とか違うかもしれないので、やり方を変える。

 

導入の手順

上で少し導入にも触れてしまったが、ここからしっかり説明する。

 

まずはRPGツクールMVを起動する。

右上の「ファイル」から「プロジェクトを開く」を選択し、VH内の「Game.rpgproject」を開く。エクスプローラーから直接game.rpgperojectをドラッグして、MVに持ってくとコピーできるのでそれでもいいかも。

 

この状態で左下に注目。

「Violated princess ver~」の横にマイナスマークがあるので、クリックし、「実験他」をクリックする。すると下画面のようになる。ここまでくれば、導入は殆ど成功だ。

 

基本操作

まずは上野のアイコンの内、赤いピンが立っているアイコン(上画像で選択しているもの)を選択しよう。

その状態で、何もないところをダブルクリックすると、よくわからないが何も書かれていない「イベントエディター」というものが出る。次にキャラクターをダブルクリックすると、なんだかコマンドが組まれた状態のイベントエディターが見れる。

 

MOD作成では、基本的にこのエディターを弄り、横の実行内容を増やしていくことで、ゲームとしてのイベントを作り出していくことになる。

 

この時点で右上の▷アイコンをクリックすると、ゲームのテストプレイができる。

 

初心者はここで、ゲームで先ほど導入したセーブを開き、実験マップを出そう。このマップでNPCに話しかけつつ、MV内でも同じNPCをクリックしてエディターを出し、2つを比較することで勉強することができる。(今はまだやらなくて良い)

また「実験地他」の下にある製作用テンプレマップを開くと、テンプレがある。ここに書かれたものも、後々使うことを覚えておく。

 

キャラをマップに出して、話そう

このゲームはRPGなので、NPCに話しかける→会話

という流れさえできさえすればゲームとして最低限成立する。

そして細かな方法などは後々学ぶとしても、既に用意されたテンプレをコピペし、少しだけ調整することで新たなイベントを作ることが出来る。

 

まずはその基本練習をしよう。

マップをダブルクリックして、エディターを出す。

次に「画像」とある部分をダブルクリックすると、いっぱいキャラの絵が出てくる。

とりあえず話しかけたいキャラを選んで、OKを押そう。すると、こんな感じになる。

(もし待機時にも足踏みする動作が欲しいなら、オプションの足踏みアニメを選ぶ)

 

次に「実行内容」欄をダブルクリック。「イベントコマンド」というタブが出るので、コモンイベント…をクリック。「0001」とあるのを「0002会話開始」にしよう。

 

 

この段階でOKをおせば、表示はこうなる。

次にもう一度実行内容を、ダブルクリックし、今度は「文章の表示」を押す。

すると文章入力の欄が出るので、4行以内で何か打ってみよう。横の細い縦線が、表示される枠の目安なので、それ以内になるよう抑えよう。

最後に、もう一度、実行内容をダブルクリック→コモンイベント…を選び、「0007会話終了」を選ぶ。

そして下画像の並びになっているのを確認したら、右下の適応をクリックし、OKを押す。並びが違ったら、右クリックで「消去」や「切り取り」「コピー」などができるから調整しよう。

 

これがコマンド入力の基本的な流れである。

実際の作業としては既に出来上がったテンプレなどからコピペすれば、もっと簡単に色々できる。けどそれは実験他のNPCや、本編の街中のマップを見て参考にして欲しい。

 

テストプレイの注意

ここまでやったのだから、実際どう挙動するのかゲームで見てたい。そのためテストプレイをするのだが、ここで注意点がある。

 

VP作者のいうように、このRPGメーカーMVはセーブをする際とても落ちやすい。そのため、セーブが必要な時には二重にMVを立ち上げる必要がある。

 

下に出ているタスクバーからMVのアイコンを右クリックし「RPGツクールMV」をクリックすることで、MVを2つ立ち上げることができる。

 

今まで弄っていたMVから、作ったキャラを右クリックし、「コピー」しよう。そのまま新しいMVのほうに「貼り付け」して、新しいほうのMVで保存を押す。これにより折角作ったデータが消えるのを防ぐことができる。

(逆にそんな簡単に落ちるの? と思う方は、適当にコマンドを打った後に試してみると良い。かなり落ちる)

 

 

テストプレイで話しかけると、こんな感じで会話できる。ここまできたらチュートリアルは一つ終了だ。

このままだと地の分なので、会話をするには、文章の末尾に、発言者を表す「\n<人物名>」を入れると良い。これを繰り返し、最後に「0007会話の終了」で〆ることで、立ち絵は一切変化しないものの、会話劇は成立することとなる。

逆にポーズや表情も変化させたければ、間にコモンイベントの21~(立ち絵のポーズ)や51~の表情で好きなものを選ぶと良い。

 

終わり

とても基本的な動作はこれくらい。

あとは、欲しいシチュエーションのテンプレを「製作用テンプレマップ」の実行内容からコピペしたり、似たイベントのNPCを選んで、イベントをコピペしたり、すればいい。しかしそのままではおかしくなったり、自分のしたいことと異なる場合が殆どだ。

 

そういう場合や、逆に初めからこれよりちゃんと知識を深めたいのならば、MVの公式サイトのガイドを見たり、実験他にあるNPCに話しかけたりして、少しずつ学んでいくのがいい。

 

あふれ出る情熱があれば、苦はすくない。分からなければ作者の支援頁のコメントなどを覗けば解決法があったりなかったりするかもしれない。

 

君の性癖を解き放てるのは、君だけだ。その役に少しでもたてたなら幸いである。

 

 

AZNANAをコンテクストに沿ってプレイした感想、考察

 

 

 

カラメルカラムのスマホゲーム「AZNANA」をプレイした。

 

公式サイト

http://caracolu.com/app/aznana/

 

異形頭が暮らす、壁に覆われた街が舞台。

しゃべることのできない少年は、ゴミ山でおしゃべりな生首アズナナと出会う。

少年には自分の居場所がんかう、アズナナには自分の身体と記憶がなかった。

少年はアズナナと一緒にお金を稼ぎ、この街を出ることを目指すーー。

(公式サイトより引用)

 

 

毎度シナリオに定評のあるこのゲーム会社は、今作も小説の世界をさまようような、不思議な世界と、個性のあるキャラ、その背景で丁寧に練られた設定や伏線の上で織り成す切なさと優しさの詰まった物語は、涙腺を刺激してくれた。

 

放置ゲーの一種ではあるから、クリアまでゆっくり時間をかけてちょこちょこプレイしたのも、長い間この街に住んだような感覚となって、涙腺を破壊してくれる要因ともなった。こんなゲームに金を払わないのも失礼だと、一杯お布施も投げました。

 

さて、このゲームは一冊の絵本のようにエンディングまでしっかり作られたゲームなので、小説作品のように色んな考察がしやすい。

 

折角なので、この作品の背景を一つずつ、ロシアフォルマリズムっぽく紐解いていきたい。つまりゲーム内の物事を

 

「このシステムは、ゲームに落とす都合中仕方なくこうなった」

「この演出はメタ的にこうだよね」

 

とかではなく、

 

「作中においてそれらがどう演出されているかを見て、あくまで作中内の設定のみを根拠に意味を考えよう」

 

というやり方だ。

 

なおまずは、プレイ途中で知りえた情報を元に書いてく。(最後までプレイすると、全然違うよとなる情報とかもあるかも)

 

 

 

ネタバレはなるべく避けるけど、無料なのでまだ未プレイの方は一旦DLするのを推奨する。気に入ったら300円くらいの広告削除を入れると下バナーや30秒広告と永遠におさらばできるので、世界観に没入できて感動が更に高まるよ。

 

マップから考えるかつての街構造

 

 

 

この街はHPを見れば分かる通り、古めかしくゴミで溢れた場所だ。そこに異形頭(オブジェクトヘッド、O/H)と呼ばれる存在が店を営んでおり、少年たちは店で買い物をし、自転車で他の店でその商品を高値で売ることでお金を手にする。他にも空き缶拾いや空から降り注ぐゴミ集めまくることで稼いだㇼもできるけど、基本的に卸売り業的なことをしているのが正しい。

 

全貌

街の形は円環、中央の発電所を囲むようにドーナツ状で描かれており、店は数件、ぐるっと一周するように描かれている。(画像は公式サイトより)

 見ての通り店から店へは自転車をこいでも最短で15分以上はかかる。どう考えても暮らすには不便なので、逆に昔は

 

・より多くの店がより近い間隔で存在していたので、離れていても気にならなかった。

 

・ゴミ山や整備されずに通行できない道がないため、もっと短時間で行き来できた。ドーナツ状のマップであり密集したビル群が中央に生えているので、例えば街づくりの基本として、中央から放射線状に道が存在するのではと考えられる。

 

・自転車でなく自動車や路面電車がメインだった。

今は荒れた道、利用者減少、少年が運転できないなどの理由で使われない

 

などの理由が考えられる。背景を見る限り工場も多いから、集団移動としてバスか電車は絶対に存在していたのではと考えた。それを利用せず延々と自転車をこぎ続けられる少年の脚が末恐ろしい。ちゃんと休んでね。

 

カフェ~本屋、音楽屋

街の外への入り口付近には、まずカフェ(SALONO)が存在する。駅カフェのように、到着した人々はまずここで疲れを癒したり情報を集めたりしたのだろうか。

次いで、中央には本屋(LIBRO)や音楽屋(MUZIKO)といった娯楽場所が立つ。この街には、O/Hから「1つの業種につき1つの店舗しかない」と説明される。この本やと音楽者というサブカルの発展場は、マップ的には街の中央ではなく端にあるので、人が使うには不便だ。ということは、

・街の中央には他の娯楽施設(劇場など)が存在したか

・街の労働者全員が務める単一の巨大工場があったか

・O/Hでなく人間の運営する店舗が街の中央にあったか。

 

となる。一番最後の場合、人間とO/Hの間で格差が生まれている気もする。街の隅にあるO/Hの店ということで、街の発展や衰退に巻き込まれることなく運営できるというメリットもありはしそうだ。

 

自転車屋

・更に奥へ進むと、あるのが自転車屋。普通乗り物屋は街の入り口でレンタルサイクリングなどを行っているけど、あえて最奥にある理由は何なのだろうか。更に横にはゴミ捨て場、街を見て回る旅行者のことを考えると、サイクリングの開始地点としてはよろしくない。となると、

 

・この街は観光業に力を入れていない

・自動車社会のため自転車は不要

 

あるいは視点を変えて

 

・元々東の方にも入口があった

 

といった推測が浮かび上がる。

 

ゴミ捨て場

 街の入り口から遠い場所にゴミ捨て場がある。ゴミは普通処理した後に埋め立て地などに持っていくものであり、周囲を壁で囲まれた町の中で留めてしまえば、街はいずれゴミで溢れかえることになる(実際、少年たちの走る街の風景はそうなっている)

 

 となれば、あえて街のシンボルとなる入口からは遠く置いたとしても、最奥にゴミを溜め続けるメリットはあるのだろうか。そこで先ほどあげた

 

・元々東の方にも入口があった

  

という仮説を考える。

街のゴミは東から運ばれていたが、ゴミの量が増えたために一時的に山として貯蓄するようになった。しかしその後、東側の門が閉鎖されたため、輸送そのまま放棄されたという考えも取れる。あるいは、

 

・東門がないせいで、街の東側で出たゴミの処理が解決しづらく、結果的に不法なゴミ捨て場となった

 

などとも考えられる。

 

オブジェクトヘッドたちと売買

 

 基本的に少年たちはO/Hたちと物を売買することで金を稼いでいく。彼らは無尽蔵にお金を所持しているらしく、花屋の娘O/Hという一見幼い少女ですら商品によっては高額を即決で出す。

 これはこの街の物価がジンバブエドルとはいわずともインフレして高くみえているとも考えられるが、逆にO/Hはこの店から移動しないために、出費が殆どないとも言える。

 

 人間であれば欲しい商品のために、自ら移動して見せに行き商品を買う。しかしO/Hは、移動をしないし商品も、値段をつけるのは彼ら自身だが、少年の提示したものなら何であれ買い取る。つまり受動的な商売、受動的な消費が、O/Hの性質であると言える。

 彼らは積極的に儲ける必要がないから、街の隅で商売を行っているし、人を呼び込まないのだ。

 

 しかし、その中で変化を遂げるO/Hが現れる。

 

 

(ここから中盤ネタバレ)

 

O/Hたち

 

彼らは、自分と家族に関する問題を胸にかかえながら日々を送っている。

花屋は母親、本屋は父親、音楽屋は兄、何でも屋は兄弟のように過ごした元主。

自転車屋と少年は父子、アズナナにも姉妹のような存在がいる。例外に見えるカフェ屋も、終盤にてある対象たちに対しての想いを語る。

それらに焦点を当てて変化の過程を読み解いていきたい。

花屋

ゴミ山の横にたたずむ花屋という、美醜の並びたつ場所。この場所で花屋の娘は、母親を安心させたいと考える。そこでアズナナが言ったのが

 

「店の売上を伸ばす」

 

という方法だ。この提案は、人間であれば当たり前だが、受動的なO/Hにとっては想定外の判断であろう。と、同時に彼女はその提案を受け入れ、積極性を示すべく新商品を売り出す。

最初に売られた「一輪のバラ」「小さなサボテン」は、手のかからず、飾るにも困らない商品だ。しかし追加されていく商品は「サクラの小枝」を経て、「花束モドキ」「フラワーボックス」とより鮮やかかつ、購入したO/Hが「飾るには工夫が必要」というように購入者側への工夫を強いるものとなる。大多数の客層にウケるシンプルさから、購入者を選ぶ品物を出すようになったのは、O/Hの中に積極性が芽吹き成長し始めた証拠でもあるだろう。

 

花屋の娘の場合、新商品は全て店の中から出ない母に教わっていると娘は言う。その母がこの商品を順番に教えていると考えると、当たり障りのない商品しか教えずに可愛がっていたのは、言い換えるとクセのある商品を出して売れ残る辛さや購入者からの不満をあえて避けさせていたともとれる。

しかし後期に「おまかせアレジメント」などの商品も教える事で、そこに店を仕切る販売者としての自覚や責任を持たせてくことにも繋がるのではないか。

 

また、娘の言葉伝いに母親は娘が稼いだ売り上げを見て喜んでいたとある。それが喜んだふりである可能性もあるが、同時に売り上げを増すということは、娘が積極性を獲得したことの証でもあり、それを喜んだともいえるのではないか。

 

O/Hは受動性を特徴とするが、母自身も娘の売り上げに関わらず技を伝授し、例え客が来なくともすべてを伝えきればそれでO/Hの店を引き継ぐという役割は終了である。

 

しかし売上に応じて新商品を教えこむ母は、娘に積極性を望んでいたということであり、娘に従来の「花屋としてのO/H」以上の積極性を望んでいたとなる。

 

最後に花屋が追加される商品は、(私の場合ある画家の一生を勝手に母親に重ねてしまうが)、購入者のコメントによりこれだけが異質であると分かる。ここでなぜこの商品だけかの理由を考えると、母親が従来花屋のO/Hとして伝授するようプログラムされていない、母親として娘に伝えたかったものなのかもしれない。店から動けない受動的な中に、どれだけ積極性を見出せるか、それが花屋だけでなく他の店のO/Hの命題ともなっていく。

 

音楽屋

冷笑と苦悩、そして中二病を混ぜ込んだようなオルゴール頭の彼は、自ら音楽を生み出すことをひどく恐れている。過去に囚われた存在であろう。そんな彼が初期に売るのは「はじめてのクラシック」「やすっぽいバラード」とよくも悪くも定番な音楽屋の品ぞろえ。その次に無音の「273秒」を突っ込む奇抜さは、己のセンスに卑屈なれど突飛であることは間違いない。

 

 この音楽屋、自らの卑屈さゆえに最低限の音楽しか売らないという点では、受動的なO/Hである。

 

 彼の苦悩は、自らが音楽を作ることと、兄への劣等感および後悔である。兄の凄さを語りながら、終盤まで兄がなぜこの場にはいないのかを語らない。読み手は何となく、廃れた街なので兄もまた壊れてしまったのだとまずは推測する。だが終盤に語る兄の行方は、彼の劣等感の理由に強く関わっている。

 

「273秒」は、元ネタの4分33秒と同じく、何も音がない中で流れる生活音や周囲の音を気づかせる曲である。退屈な日々の中で、彼の中に同じではない何かに気づきを与えられたことを暗示する。

 

途中、彼は「サイレントナイト」「ハッピーバースデー2U」という季節に関わる祝いの曲を挟む。時間の流れを意識させる曲は、彼の中で止まっていたものを動き出していることを示しているようにみえる。

 

次いで「地獄のヘヴィメタル」「クソッたれなオルタナは今までドクロなどを欲しがり、コーヒーを飲む兄に憧れるような、中二病を匂わせていた彼と同調し、彼を激しい想いが揺れ動く10代の思春期を足掻く青年へと変化させる。

 

途中で割れた鏡を見ることで、己自身を見つめなおすのは、子供が自己のアイデンティーを得る心理発達をなぞっているのだろう。

 

彼の中で、兄によって生み出された創作に対する劣等感は大きかった。だからこそ彼にとっての積極性とは、自分が新たな音楽を生み出しても良いという、挫折からの立ち直りだったのだ

 

このように、O/Hたちのサブストーリーを通じて、受動性からの積極性への転換するシナリオは繰り返され、やがて少年たちにもその展開はぶつかることとなる。

 

カフェ屋

彼は老いた男性のような言動と、実際に身体が軋むという老いを感じさせる設定がなされている。

ストーリーを進めると、少年たちに人間たちが来ていたころの話を懐かしそうに話し始める。更に終盤では、自身の夢を語り始める。

 

彼には直接の家族関係となる存在が作中には登場しない。

 

それは詳細を省くが、街に残っているO/Hたちそのものを家族として捉えているからでもある。

途中、彼は何でも屋が来たときに、新たな人間が共にいなかったかを尋ねる。彼にとって憂鬱の対象であったのは、店に誰も来ないという寂しさである。他のスタッフと共に長く働いてきたと語るのも、寂しさの強調だろう。

街ができた当初から入口の横に存在した彼は、街の栄枯盛衰を一番に理解している。そして店に新たな人間が来ないことも。

 

序盤に彼から買える商品は「スタンダードコーヒー」「タマゴサンド」「ホイップラテ」「クロワッサン」。まるで本当に駅カフェ(スタバなど)のように、ライトな食事である。

しかしここから、花屋の好む「チーズケーキ」、音楽屋のオーダーに応じた「プレミアムコーヒー」、本屋の好物である「カレーライス」と、丁度元々街にいる他3人の求める商品を出すようになる。

 

彼はコーヒーの開発のために、少年たちに試作品を渡す。それは一見すると様々な層の評価を知ろうとしているようだが、一方で彼の飲んで欲しい相手は常に、少年たちが出会って来たO/Hの特徴と合致する。

 

つまり彼が積極的に望んでいるのは、この街にいるO/Hたちに関わろうということである。

 

話を聞くと、彼には本屋の前の主人や、音楽屋の兄と交流があった話をする。O/Hは基本的に店から動けないというルールが何度も提示されている以上、実際に足を運んだわけではないだろう。だが、言葉伝いに常連客が停止していく。残されたO/Hの事情を少年たちに何度も確認するも、店から動けない以上積極的には関われない。そして自分にも老いが近づき、できることは限られている。

 

少年とアズナナ

受動性と積極性という点で話をみていくと、話せないが体のある少年と、よく話すが体のないアズナナは、その印象に対して逆の展開を向かえる。アズナナが記憶を一旦取り戻したが、その後ショートを起こして記憶喪失となるのである。

 

ここでショックを受けるのはO/Hたちだけでなく読み手もだろう。少年は初めて、真っ直ぐ進んでいた道で挫折を覚える。

 

同時に、ここでプレイヤーは街を出るか、残るかという2択を突き付けられる。ここで改めて、今自分がどちらに傾いているかを問いただされると同時に、積極性が良い方向に向くとは分からないということも示される。

 

だがこれは唐突な2択はない。

 

ストーリーを進めるごとに弱る花屋の母やカフェ屋、積極性を見せたことで後悔を生んだ音楽屋と、何度も反芻されたテーマである。

 

だからこそ読み手はこのとき始めて、シナリオの分岐、つまりどちらかを選ばなくてはならないという積極性を見せなければならない。

 

その結果がどうなるのかは、ここでは省略する。

だが最終的に、どんな結末となろうとも受動的から積極的な行動をする決意を、O/Hたちが示している。

 

 

本屋

この世界を、物語というメタ視点でみる、大人の女性らしきO/H。商品はなぞなぞ本の「リドル100」、ハチ公パロの「ロボ公物語」、童話の「人形じいさん」「アズの魔法使い」と、まずは子供向けの本から始まっていく。

その後、名曲集「みんなのおんがく」、ディストピア本「すばらしいせかい」など子供が読むには内容が複雑な本を取り扱うようになっていく。

 

こ子に登場する老若男女のO/Hがそれぞれ人間の人生の一部を切り取っているとすれば、彼女は大人となり過去を客観視できるようになった存在でもある。

かつて父親とのいさかいも、今では客観視できるほどに。

 

彼女は他のO/Hと比べて成長を感じさせず、少年たちに対して母親のようなポジションで見守り、彼らの行く末を見守っている。そして少年はその影響を受けてか、自ら本を書くようになる。その本を自らの書店で売りたいと言う本屋は、やはり他者の成長を眺める側に回る存在であるのだろう。

 

何でも屋

執筆中……

 

自転車屋

分かりやすいテンプレな、少年を育てあげながら暴力的な父親ポジションとして登場する。悪そうな印象を与えながらも、しかし少年が常に乗っている自転車は彼が与えたものであり、ゲーム中に何十時間こぎ続けようと破損がないのは、自転車屋の整備が行き届いているからだろう。

彼のみ序盤以降、金をもっと持ってこいという自転車から慌てて立ち去って後、店によることはない。父殺し(親殺し)の文学などというように、少年はここで彼とのかかわりを一切取らなくなる。

 

中盤、月日が経った後に、少年の姿をみたO/Hたちが「大人びた」という趣旨の話をする。読み手はもしかして彼は人間なのかという想像をするが、それをハッキリと知るのは彼を育て上げた自転車屋のみである。登場はしないし、誰も彼のことを触れないが、少年の自転車が常にその影響を示し続けている。

 

ゴミ山

スカベンジで何度も訪れ、不思議なものをいっぱい発掘できる場所である。

何でも屋がこの街に来たのも、中盤でもしかすると耳のあるロボットを探しに来たからかと察したりもする。

一番安いのが「きれいな歯車」、これだけ綺麗と書かれているのに一番安いのも面白い。他には、恐らく元ネタがあるんだろうなというゴミが沢山見つかる。

この作品において、ゴミ山は本当のゴミではない。売れる商品の見つかる出会いの場、依頼を受けて発掘する可能性の場所である。なによりアズナナという生首から声援を送られる光景は、ゴミ山を前にシュールである。

少年がゴミに慣れているのもあるが、現実では避けられるゴミ山を、このゲーム内でプレイヤ—は積極的に寄ることになるというアイロニーも含んでいる。

彼らがゴミを汚らしいものと扱わないお陰で、ゴミ山が探索のワクワクを示す場となり、このゲームの雰囲気を明るいものへと変えている。それがこの作品の根っこに繋がるのだろう。

 

広告を文脈に含めると

序盤、私は広告をつけながらゲームをプレイしていた。このゲームではおもに

 

・フィーバータイムの効果3倍

・移動時間の短縮

・再度のスカベンジ

 

で30秒広告を見るか選ばされる。逆に300円払えば見なくて済む。ゲームをクリアしようとするほど、広告を見る回数が増えるのは一見デメリットだが、この仕組み自体も文脈と捉えると面白いかもしれない。

 

舞台は寂れゴミの溢れた街で、フィーバーでさえ手に入るのは最新の何かでなく捨てられたゴミである。それを換金しているという体で金へと変わるが、つまりこの場所は社会の最下層と言っても良い。しかし、そんな最下層のゴミ山にも広告は入り込む。そして広告は金を生む。広告映像を眺める間、読み手は30秒間、何もできぬために受動的となる。そしてプレイをするほどに、受動的な時間は増えていく。

 

ここでは積極性、つまり金を払えばこの呪縛から解放されるという選択が提示されている。別に課金を誰も強制しないため、最後まで何もしない人も大勢いるだろう。前述で、読み手は街を出るか、残るかの分岐により積極性を強いられると話したが、ここでも実は選択肢が与えられている。金を効率的に稼ぐために現実の金を払うか、無課金の非効率さを抱えたまま、ゲーム内で金を稼ぐ効率を求めるというメタ的要素でも見れる。

 

終わりに

ゲームのストーリーなんかは誰かが分かりやすくまとめてるかもしれないけど、この話にどう解釈するかは一人一人違うので、私のような解釈をしても良いし、そんなの妄想はデタラメだと言ってくれても良い。

 

昨今の膨大なシナリオが追加され続けるアプリゲーをプレイする中で、日々プレイしながら、終わりへ向かっている怖さ、新しい場所へ進む勇気を実感させるこのゲームは、アプリゲームをプレイするということについて改めて考えさせられた。

同会社のアプリゲーム「ALTER EGO」のシナリオクオリティと、少ない台詞ばかりなのに魅力的なキャラの多い「ムシカゴ オルタナティブマーチ」の両方の良さが十分に生きているので、この2作が好きならおススメである。逆もまたしかり。

 

あとALTER EGOとの連動もあるんですね。こうやって新しいエスとの話が聴けるの嬉しいです。